裏路地商店 -葉月亭-

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Nothing else matters

【Title:構成物質 (http://kb324.web.fc2.com/)】

 天候構わず仕事に明け暮れていたある日のことだ。
 冒険者の彼は早朝、いつものように依頼が貼り出されたボードを眺めていた。迷子になった子供を探して欲しい、家に住み着いた蝙蝠の群れを退治して欲しい、下水道に現れ掃除の邪魔をする魔物を退治して欲しいなど。報酬が低く我侭冒険者には人気のない貼り紙が、ずらりと食べ残しのように散らかっていた。
 しかし、美味い仕事を片手に出た同業者の数は、せいぜい五人六人で一つのチームとして動いている。彼らの強さを考えれば、一つの依頼につき手取りは一人二百や三百か……。

 「やってられんな」

 静寂に包まれた宿屋で一人の冒険者、大鎌を持つ彼はやや低い声でぽつり溢した。その呟きに肯定する者も、否定する者も居ない。
 彼は黒く独特なデザインの羽根付き兜を被り、白いワイシャツの上には黒のベストと、くすんだ青のネクタイを身に着けている。兜の中からは、海色と空色の瞳を気だるそうに覗かせていた。見慣れた文字の羅列を眺め、寝起きの思考をゆっくり動かす。その時だ。

 ふと目についた貼り紙に書かれていた仕事内容は何てことない、ありふれた盗賊退治の依頼。どうやら村が襲撃に遭い、真冬だからこそ貴重な食糧や金目の物が盗まれたらしい。相談する間もなく剥がし、皿を拭き終えた素振りを見せる亭主へ貼り紙を出した。
 置かれた貼り紙を一瞥した途端、亭主は僅かに苦い表情を浮かべる。

 「これは人間相手か、危険そうだが」
 「報酬は」
 「……銀貨五百枚だな」

 問答無用に持ち出された報酬話に、亭主は心配の言葉代わりに溜め息吐いた。引き受けた、それだけ亭主へ言い残して早速武装しに自室へ向かう。目新しい依頼以外は、大して変わり映えの無い一日が始まろうと、その時はただただそう思っていた。
 無言で押された念も、恐らく通じていなかったのだろう。魔力を凌ぐローブを羽織り、ひょんな事柄でついてくるようになった魔法人形にも声を掛け、宿を出るなり真っ直ぐに指定された森へと向かっていった。



 しんと静まる空気は冷ややかに、体の芯まで凍り付きそうな寒さが襲う。
 今は丁度真冬の時期だ。そうなれば寒いのも当然だが、同時に襲う鋭い痛みがなければ空気も美味しく感じられたことだろう。肺へ空気を送れど、生憎今は鉄の味しかしなかった。傍に居るはずの笑い声も、二つ距離置いた場所から響く。
 暗む視界の端で愛用の大鎌を捉え、隠すことなく舌打ちした。

 目標の盗賊を、影で見つけた点は不幸中の幸いなのだろう。上手く気配消しながら木々へと飛び移り、背後からの奇襲に成功、首を飛ばすまでは上手くいった。しかし、盗賊連中に頭が存在したグループは、予想以上に厄介であることを思い知らされる。仲間一人が倒れた動揺より先に、頭の一声で思ったより早く立ち直られてしまった。

 だがまだ想定内だ。大鎌を握り直し、微かな魔力を込めていく。足元の土が巻き上がり、戦場を覆う木の葉がざわめき出し、木の根元で咲く花弁がむしり取られ舞い踊った。刹那、大鎌を賊目掛けて思い切り放り投げる。
 いち早く異変を感知したらしい、リーダーらしい男の鋭い怒声と共に、子分の動きがぴたりと止まった。群れの指揮取る親の右肩へ鎌が食らうが、その傷は明らかに浅い。一閃、子分へ銀の刃が食らうものの、どこもかしこも甘噛みした程度だ。

 「攻撃は止んだ、畳みかけろ!」
 「マズ……ッ!」

 魔力を切らした大鎌が返ってくるには、まだ距離があり過ぎる。いち早く隙を見出した親玉の掛け声に、標的目掛け一斉に急接近を許してしまった。大振りのサーベルは辛うじて避け、ついでに自身の腰から短剣を引き抜く。視界に捉えた大型ナイフの柄を弾き、頭に巻いたバンダナを鷲掴みにした直後、突進してきた賊へ差し出し衝突させた。
 これで三人、しかしたった三人だ。息継ぎする間も与えられない内に、右腕から鋭い痛みが走る。いつの間にか子分の一人に距離詰められたらしく、二撃目を加えようと動く手首を掴み、あらぬ方向へ曲げ離した。
 どうやら、自分は随分育てられた盗賊の群れを相手にしてしまってるらしい。次に来た子分からの攻撃躱しながら、新鮮で冷たい空気を肺へ取り込んで最初に思う。しかし、それは今考えるべきではなかった。

 ぞくりと背筋が凍る殺気。反射的に得物を弾こうと短剣を強く握り、体を捻るが間に合わない。大振りの短剣が脇腹を深く抉り、ワンテンポ遅れて痛覚が一瞬で全身を駆けた。

 「ぐ、がああっ!」

 機会伺っていたらしい親玉から渾身の攻撃を受け、手放しかけた意識を辛うじて繋ぎ止める。片膝を付き荒い呼吸を整えようとするが、先ほどの衝撃から出てきた血糊を吐き出し咳き込んだ。ガラン、と金属音が脳内に響きハッとする。魔力を失った大鎌が、たった今地面に転がったのだ。

 「あっははは!生徒ちゃんやっべぇ何そのでっかい怪我!はっはははは!」

 どくどくと脈打つと共に零れ落ちる生命は地面をどす黒く濡らし、危機感を覚えた傷口が熱を発している。脂汗が吹き出し、凍てつくほどの異様な寒さに身震いした。青髪の魔法人形、先生は隠れているはずだったが、先ほどの悲痛な叫びに気になって出て来てしまったのだろう。
 随分と声量のある上に、異常なほど絶え間ない笑い声だ。盗賊達は一瞬、魔法人形の存在を認知しざわめき身構える。しかし少女の容姿でひたすらに狂ったように笑っている為、無害と判断したようだった。

 掠めるような打開策が、一瞬脳裏に過る。
 隙と見たのか、盗賊は傷ついた仲間へ薬を分け与えているのが視界端に映った。親玉も自身の痛み止めを飲んでるようで、大した動きがない。転がった大鎌を手放すまいと強く握り、ゆらりと立ち上がった。

 「先生、生徒の戯言と受け取ってくれても構わないから、治療を頼む」
 「はっははっ!ふふっ、あはははは!」

 笑い声が相変わらず絶え間ないが、返答を待つことなく大鎌へと集中する。
 今度込める力は、魔力より祈りに近い。成仏出来ず彷徨う亡霊へ救いを、天への道標を示す聖句を子守歌のよう静かに紡ぐ。コツコツと歩みを進める賊の群れへ。緩やかな動きで舞い踊るそれは、傍から見ればどう映るか。身動き取る度、脇腹と右腕から鋭い痛みに襲われ表情が歪むが、黒い兜のお陰で隠蔽出来てるようだった。
 息緩やかに語り継ぐ詩はまるで呪文の如く、大鎌を手に舞う姿は儀式の如く。だが邪魔する者は誰も居ない。皆痛み止めを飲み終わり、ぎこちなく構えてるのが視界に映った。その表情は、目の当たりにした異常による恐怖を宿している。
 大技を振るうのか、もしくはこの大地に精霊召喚行うか、もしくは悪魔召喚か。何を期待してるか知ったこっちゃないが、必要以上の警戒心が動きを鈍らせてくれる。

 しかし今も尚止まらない流血に耐えかねたのか、踊り終えた途端集中力が切れたのか視界が歪む。強烈な血生臭さが鼻を突き、殴られたような激しい頭痛が走り、肌を掠めて通る風はあまりに冷たすぎた。ざわざわと騒ぐ木の葉がやけにうるさい、喉にかかった血を再び吐き出す。体が、鉛のように重い。
 だが心底から湧き上がるのは、何処か穴埋めされていくような実感。

 「あんだよビビらせやがって」
 「ようやくお気付きか、俺の演技は迫真だったろう?」

 踊りの鑑賞していた盗賊団は、無害な踊りであることに気付いたらしい。死者や亡霊を前にすれば、その姿はたちまち消え失せる鎮魂歌であるが、人間の前では少し珍しいだけの単なる踊りだ。魔力の流れも変化なし、とうとう痺れを切らした賊が一斉に襲い掛かってきた。果たして十近いそれらの刃を避け切れるか、身構えたその時だ。
 走り出した子分は突然派手に転倒し、あまりに想定外の事態にその場に立つ全員の動きが止まった。静寂を瞬く間に切り裂いたのは、今や聞き慣れた場違いな明るい声。
 背後から突進し押し倒したのか、子分の背中を踏み台に立ち上がったのは。

 「先生!」
 「生徒ちゃんの要望通り持ってきたぜー!あっはははもしかしてグッドタイミングってやつ?ふふっ、ははは!」

 声量大きく笑う少女の小さな腕には、痛み止めや薬草などありったけ詰め込まれてる。その中からまず蓋の空いてる傷薬を二本受け取り、一気に口の中へ流し込んだ。瓶を投げ捨て地面に転がして寸秒もかけず、親玉の懐にまで距離を急激に詰める。狙いは、首。

 「なっ――」
 「お代は首で勘弁してやるよ!」

 横薙ぎに振るった大鎌、だがその刃は突如割り込んできた子分の頭部を食らった。明確に向けられた殺意に逃げるように親玉は距離を取るが、余計な邪魔を振り払い再度親玉へ急速に詰め寄る。
 次こそ狙いを定めた大鎌は、突如紅く輝き出す。急激に焦がし溶かす魔力の炎を、距離詰める束の間で纏わせたのだ。先ほど負わせた右肩の傷へ、それを振り下ろす。案外それは呆気なく体から切り離されたが、本体はまるで蜥蜴の尾を捨てんばかりにこの場から全力で逃げ出した。

 「チッ、逃げたか」
 「はっははは逃げ足速いなースタタタッと逃げてったぞ、あーっはっはっはおっかしー!」

 だがこの状態にまで追い込んでおけば、暫くは村を襲うことがないだろう。置いていった血まみれの右腕を踏み潰し、盗賊団の数少ない残骸へと向き直った。傍に駆け寄ってきた明るい魔法人形から、残りの薬を飲み干した後、いつの間にか熱の冷めた鎌を宙に振り、濡れる鮮血を雑に払う。
 頭を失った盗賊団など、いくら集まろうと所詮はチンピラの群れだ。馬鹿みたいな虚しさと痛みを忘れた今の内に、片付けてしまうが賢明だろうと判断する。駆け、三日月の刃が対象へ順に振り下ろされていく。熱くなった体を冷ます風は、今や少し気持ち良かった。



 後日、森を拠点に身を潜めていた盗賊団は壊滅し、親玉は行方を暗ました。しかし仕事を請け負った別の冒険者から正体を暴かれたらしく、無残に殺されたのだと風の便りに聞いた。どちらにせよ、五百枚の銀貨を得た今では関係ないことだ。いつもの宿で、今回は目新しい仕事がなくとも貼り紙を剥がし、亭主へと出した。



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 シナリオ『冒険者の宿で (作:jim様)』にて請け負った、盗賊の探索依頼をリプレイ。
 召喚獣として出てくる先生は、シナリオ『にんぎょうせんせい (作:にじいろ様)』から。

小説

【長編】

  • B.Mercenary (未完)

  •  00 / 01 / 02 / 03 / 04

    【中編】

  • in this hopeless world (完結)

  •  01 / 02 / 03

    【短編】

  • Just sleeping, probably

  • He has spoiled the whole thing
    ※ 流血注意

  • Nothing else matters
    ※ 流血注意

  • That's what they call me
  • 他ジャンル