【Title:構成物質 (http://kb324.web.fc2.com/)】
「……ねぇ、知ってる?」
噂をネタに、切り出す言葉はいつも決まっている。
友達か単なる顔知りか、互いの関係を知る間も入れずある日聞きつけたネタを披露した。まるで怪談話を始めるように、ひそひそと声を潜めるが嫌でも耳に入る。お化けが出るだの、財宝が眠っているだの、死神が出没するだの。幼い内は随分非現実的な噂が繰り広げられている。
幼心から湧き出る好奇心に擽られ、やがてそれは行動へ移るも容易いものだった。
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コツ、コツ、と鳴らすブーツの音は妙に響く。まるで侵入を知らすように、しかし特に気にする素振りも見せない。やがて目当ての場所へ辿り着いたのか、足を止めた。入口らしき扉の前に、ぽつりと掲げられた薄暗い照明に浮かび上がるは、顔をすっぽり覆い隠している黒い兜。視界を確保する暗い隙間からは、僅かに青い輝きを灯していた。
武装した上から魔力宿る茶のローブを身に着け、腰には太い短剣を携えている。夜空に浮かぶ青白い三日月か、あるいは死神を連想させる大鎌を片手に、扉をゆっくりと開けた。
とある依頼を請け、訪れた街から東に位置する森の中。
そこにひっそりと佇む小屋へ足を運んでみるものの、中身はもぬけの殻だった。だが更に東へ進むと、遺跡の一部が顔出してることに気付き、瘴気に似た魔力を感知した男性は奥へと踏み込んだ。
その先は非常に静まる、ただただだだっ広い空間。しかし、歓迎されてないことを肌で感じ取る。視線は侵入者一点へ、じりじり焼き付くような痛さは、随分慣れてきたものだと呑気に思った。
「誰だ貴様――」
「あ、あっ……」
緊張から痺れを切らし、時の停止が徐々に緩み始める中僅かに疑問の声も上がる。その隙に、ざっとこの場にいる人数と立ち位置を把握し、幹部と頭を狙いにつけた。単独に対し生き残りは7名、ツイてるラッキーナンバーに口に笑みが宿る。大鎌をゆっくりと構えた瞬間、恐れ腰抜かした一人が鋭く叫んだ。
「あっ、あ……赤髪のっ、死神だあああっ」
刹那、叫んでいた一人はこと切れた様にゴトリと鈍い音を立てる。巻き起こる動揺の波に乗り一歩二歩、更に血飛沫を首の上から噴き上げてモノを落とした。ようやく精神を落ち着けた教団の残骸は、素早い詠唱と共に、指先や杖から光の細い矢が放たれる。
その一瞬の速度を避け切ることは、大袈裟に言うなら神さえ困難だ。左肩を貫き、右腿を掠め、脇腹を抉る。しかしその傷は、明らかに浅く致命傷には程遠い。未だ速度を緩めない死神を両目に焼き付け、そのまま絶命したが一人。
瞬く間に遺跡の内を戦場へと展開させた男は、大鎌と共に踊る。時にステップ踏むように石の床を蹴り、体を捻り、そのまま魔術に夢中だった者の顔面を蹴り壁へ叩きつけた。
「おっと、こんな夜遅くにお出かけか?」
ローブの装飾がやや豪華な幹部らしい一人は、出入り口の扉へ手に掛けようとする。その時、ダンッと一際大きな音を鳴らし、冷や汗流し勢いよく振り向いた先には、大鎌を持つ男がいた。海と冬空を連想させる、微かに色の異なる青が並ぶ宝石。
ガチガチと歯を鳴らし震える幹部は、蛇に睨まれたカエルの様だった。その男は楽しげに聞く。火が点ったマッチ棒を床へ放り込めば、瞬く間に戦火となろうこの場で。
「ああそうだな、今日は月が綺麗なんだ」
季節外れの月見も悪くない、そんな言葉後に足音を鳴らす。
一瞬重い音が横切り、声もなく幹部は固い床に膝つけた。一振りで遠心力に乗った鎌の先は、後ろ頭を叩き割る。引き抜かれると共にドサリと体が倒れ込み、以降一切起き上がって来なかった。異常だ、ぽつり溢した雫は赤く染まり、赤黒い床へと沈む。
どれほどの針が進んだことだろうか。男はふと思考を過らせたが、時間を知らすモノはそう都合良く転がってない為、すぐに興味を失せたように大鎌を一度振り払い、こびりついた血を払った。
長い針を三度動かせば上等だろうか。誰も数えずの曖昧な時を、男は心底で評価する。
化け物だと、すっかり眠りについた戦場の兵士たちを見下ろしながら、低く萎れた声で呟く。
頭と睨んでいた魔術師は戦慄しきっているのか、否――大量の血を啜った線はやがて緩やかな陣を描き、死者からの魔力が陣へ吸い込まれていくのが見えた。
男性はゆっくりと魔力の流れを黙視し、ほぅと感心した声を溢す。
「客呼び寄せてる中悪いけど、そろそろ赤子が夜泣きすると思うんでね」
血色の召喚陣から徐々に這い出る、黒く立派な毛並みの獣を尻目に驚くことなく、男は言葉を紡ぎ続ける。大量の魔力を注ぎ込む魔術師に、敵の事情を聞く耳もなかったが。やがて魔力が底付くギリギリまで獣に注いだ魔術師は、不気味に笑い出す。
ギリギリの正気を保ちながら、ふら付く足を踏ん張りながら、耳をつんざく程の悲鳴と絶叫を一人で上げていた。なんて元気の良い教団のリーダーか、しかし騒ぐにはあまりに近所迷惑だと男は思う。
「ふはっはははっ! 名が知れ渡った冒険者に相応しい末路を与えてやる!」
魔術師はそう言いながら、土足で乗り込んだ死神の足元へ残りの魔力を注ぎ込んだ。模様を見る限り、足元に展開されているのは反転の魔法陣。それは森林を思わす綺麗な光を放ち、部屋全体を包み込まんばかりに輝く。直後、魔術師の口からは聞き慣れた男の名が鋭く響き渡った。
ずるずると赤の陣から黒い獣が、恐らく残り半分の大きさが這い出て来ることだろう。名に応じた緑の魔法陣は、輝きを増して周囲を眩ませた。
しかしただただ、輝いただけだった。
「な、……に? 何故、な、ぜ……?」
「最高のパフォーマンスだったぞ、ただ少しだけ不満点もあるが」
言い終わった頃には魔法陣の光も消え失せ、ただランタンの灯りと黒い影がうごめくだけ残る。完全体とは程遠い出来損ないの獣は、穴の開いたゴムボールのように魔力が抜けていく。やがて手を下さなくとも存在さえなくなることだろう。
サーカスよりも魔術師らしかった催しは、案外あっけなく終わるものだ。魔術師と寸秒視線がかち合い、鼠色の瞳は大きく見開かれる。
「俺の名前を間違えるなよ、折角のサプライズも台無しじゃないか」
邪神教団の生き残りは最期、驚きに満ちた顔で迎えていた。
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シナリオ『裏路地 (作:たとい様)』のお話から、
情報を頼りに依頼をこなした話を捏造しました。