裏路地商店 -葉月亭-

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Just sleeping, probably

【Title:構成物質 (http://kb324.web.fc2.com/)】

 酷く、悪い夢を見た気がする。
 だがその記憶は、覚醒する頃には既に朧気となった。
 結局、鮮明に覚えている夢など数少ないのだ。

 一瞬だ。一歩二歩、地面を滑り込むように体勢を低くし渡り、直後、頭上スレスレに空気が呻いた。寸秒の判断を誤れば、首から上が潰れていただろう。間もなく地面に殴りつけられる直前の三歩目、靴底を強く踏み込み、瞬く間に高く飛び立った。慣れ親しんだ空気の流れに乗りながら、大鎌を強く握り魔力を纏う。
 巨大なオークだ。馴染みある豚型の魔物であるが、それはあまりに肥大化しており、更に立派な鎧を着こんでいた。日中になれば、照り輝く太陽が熱い時期だ。体中の脂肪が厚ければ、オークにとっても暑いのだろう。

 ならば、その脂だらけの肉は大変燃えやすいかもしれない。
 手に馴染む大鎌を一振り。三日月の刃は紅蓮に包まれ、空気が激しく揺らいでいる。

 「――――っ!」

 勢い付いた大鎌は、対象の首を刈り取る、――はずだった。
 手首から痺れるような衝撃が伝わる。直後異変を感じ取った魂の狩人はハッとし、オークの首元へ視線を向けた。足元からの観察では把握しきれなかった、銀色の首輪がオークを縛り付けている。銀製の首輪は真夏の日差しを受けてぎらつかせ、だが確かに神聖な力も感じ取れた。

 刹那、オークの太い腕が横薙ぎに飛んでくる。襲撃者は纏う風の流れを無理矢理切り替え、間一髪で距離を取った。が、巨体も襲撃からご立腹なのか、名の知られぬ狩人へ立て続けに拳を振り下ろす。二度、三度、肉塊へ陥れようと繰り出す単調攻撃は、襲撃者を退屈にさせた。
 頭上から急激に落ちる影は、余った風の魔力で足元を滑らせ着地点をずらしてやり過ごす。続けて薙ぎ払う追撃は、時空の歪みで掻い潜る。そして続く三度目の攻撃は、オークの手が止まった。秒針が刻むにつれて、ぶるぶると分厚く獣臭い皮から汗が浮き出る。

 肥大化し力を得た魔物に、果たして恐怖するものか分からない。しかし無い知恵と鎧を身に着ける、戦士の動きを止めたのは、紛れもない殺気だった。突き出した拳の先に居るはずの狩人は、大鎌を握り締めたまま、じっと真っ直ぐ前を睨んでいる。
 魔力に縛られていた最後の風は、死神が纏う古い外套を揺らして去っていった。

 「――、――――」

 羽付きの奇妙な黒兜で顔を覆い、汚れた外套の下は腕を捲り上げたワイシャツに黒のベストとズボン。がっちり鍛えられた体つきから想像しがたい、とある術式の一部が唱えられた。低く、しかし酷くハッキリとした声が響く。
 詠唱が一句一句発される度に、握り締める大鎌へ魔力が流れ込み、白光の模様が刻まれていった。温かく、心洗われるような白い光に、術者は見向きもせずに詠唱を続ける。
 目と鼻の先で、徐々に膨張していく魔力を前に、巨体は焦りを覚えるものの身動きは指先一つ動かせずにいた。時の枷が、見えない鎖が縛り付けているのだ。その枷に纏う魔力は残り僅かで消える、だが時間を稼ぐには充分なものだった。
 真っ白に輝く大鎌を緩く振り被り、そして一段と強く握り締める。今にも爆ぜそうなほどに魔力を込められた大鎌は、鋭くうなる。

 「これで終わりだ!」

 振り下ろされた大鎌は、巨大な光の刃を前方に向けて大きく放たれた。パキンッと鎖の外れる、軽い金属音が耳に触れたが、瞬く間に光へ飲み込まれていく。魔物だけでなく、勢い余った光の衝撃波は周囲の木々さえ切り裂いた。やがて光が消えた頃には、男の周りに立ちはだかる影がなくなっている。
 カランと音を立て、そのままコロコロと転がり倒れたのは、守る者を失った銀の首輪だった。

 「…………」

 近くで見ると、その首輪には小さな宝石が埋め込まれている。どこぞの魔物が身に着けるには、あまりに勿体ない輝きを放ち、思わず魅入ってしまうほどに美しく――魅せられてはいけないと、脳のどこかで鋭く叫んだ――心が、体さえ吸い込まれそうになった。
 その時だ、首輪へ触れそうになった瞬間、小さな宝石は突如輝き出す。脳裏に流れ込む記憶、雨に打たれながら、死から抗うように地を這って、血に濡れながら駆け、迫り来る闇から逃げて、膨大な情報と混乱、恐怖に鋭い悲鳴が響き渡った。



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 「――はっあ……、あ……」

 酷く、悪い夢を見た気がする。何故かはあまり覚えていないが、苦しい気持ちが戸を叩いてるようだった。魘されていたのか、汗でぐっしょりと濡れており、やや肌寒く感じる。周囲を見渡せば、古く黴臭い小屋の中で寝ていたことが分かった。
 隙間風と親しい窓辺からは、白い月が控えめの様子で顔出している。手元に置いていた大鎌は微動だにしておらず、静かに月明りを浴びていた。他に寝息のひとつもない。
 確か、大量に出没した妖魔の討伐依頼に駆り出された、その帰り道だったことをぼんやり思い出す。しかし息苦しい今の状況に、過去を容易く隅へ押しやった。

 「はぁ……、ぐっ……」

 胸が早鐘を打ち、呼吸もなかなか落ち着かず顔をしかめた。悪夢に魘されることは、言ってしまえばよくあることだ。長年の経験から、すっかり身についてしまった警戒心はそう解くことは出来ない。例えそれが人間の三大欲求中であれ、周囲へ神経を張り巡らせている。だから眠りも浅く、結果として夢を見てしまうのだ。
 先ほど叩き起こしてくれた悪夢すら、今では朧気と言う始末だが。

 「…………」

 落ち着きを取り戻してくると、悪夢の残骸を外へ追いやり、男は再びその場で横になった。体を仰向けに、隙間だらけの天井を睨み、やがて意識は再びゆっくりと落ちていく。数年前、駆け出し冒険者の頃から何一つ変わらない、帰りたい願望を一人でぼやきながら。



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 ある日悪夢を見たお話。

小説

【長編】
  • B.Mercenary (未完)
  •  00 / 01 / 02 / 03 / 04

    【中編】
  • in this hopeless world (完結)
  •  01 / 02 / 03

    【短編】
  • Just sleeping, probably
  • He has spoiled the whole thing
    ※ 流血注意
  • Nothing else matters
    ※ 流血注意
  • That's what they call me
  • 他ジャンル:Elona

  • 柳火が行くノースティリス旅行記
  •  01 / 02

  • 嵐の中からの襲撃
    ※ 流血注意